お金 借りる 携帯

携帯電話とスマホの精神的な違い

携帯電話、という言葉を見かけたり耳にしたりする回数が、以前よりも減っている気がします。

 

言うまでもなくスマートフォンがとってかわっているからです。スマートフォンも携帯電話の一種と呼べるのでしょうが、日常の会話の中でもすでにケータイという言葉は使われなくなっています。

 

「あ、ケータイ忘れた」

 

ではなく

 

「スマホ忘れた」

 

というように。

 

携帯電話の基本形、いわゆるガラケーはどんどん姿を消していますから、いつの日か携帯電話という言葉そのものが死語となる日がくるのでしょう。そして古くて堅い四文字熟語として扱われるのでしょう。

 

 

携帯電話が世にでてきた頃、それは画期的な発明でした。あまり普及はしませんでしたがテレビ電話機能もついており、まさに夢の道具でした。若者たちはこぞって最新機種を買い求めたものです。これでもう待ち合わせに掲示板をつかわなくていいとか、友達の親と話をしないですむとか、そういうことに喜んでいたものです。

 

 

そのうち、カメラやインターネットやお財布ケータイなどの機能が加わりましたが、それでも当時の携帯電話はただの道具でした。話をする道具、連絡をとる道具でした。あくまでも目的は誰かと連絡をとり、会話をやりとりすることにありました。人と人とを結ぶための道具だったのです。

 

 

ところが現代ではどうでしょうか。携帯電話がスマホに変わった今、子供たちは友達と一緒にいながら顔はうつむいてスマホに向かっています。

 

親子でご飯を食べながら、会話もなくそれぞれのスマホに向かっています。人々は一緒に時を過ごしているはずなのに心は別々のスマホを向いているのです。携帯電話は確実に人と人とを結んでいましたが、スマホはどうやらそれだけではないような気がしてなりません。